2012年09月09日

布教院で活力を得て

お見舞い.jpg

 今日は17時に名古屋を発ち静岡県 北山本門寺さまへ。
 現在、布教院が開催されていて、
 お世話になっているお上人さん方が、研鑽に励んでおられます。
 本門寺着が20時。
 修行の邪魔にならない程度にお見舞いをして、
 20時30分には、本門寺を発ち名古屋着は24時頃。
 私自身、12日の龍口法難のご聖日は、
 尾張西部組寺護法大会で1時間の法話の依頼を受けている為、
 時間をみつけて準備してきました。
 最近は時間にタイトな生活でしたので、
 お見舞いに行くかどうか迷いましたが、
 朝から深夜まで高座説教の研鑽をされている姿を受けて、
 より一層活力が湧いてきました。

 上画像は布教院の立て看板を撮りましたが、まったく暗くて読めず。
 下の画像は3年前に北山本門寺さま団参の画像。

※布教院は、布教に必要な行儀作法・技術を体得錬磨する場です。特に、日蓮宗の伝統的な「高座説教」で、日蓮大聖人の生涯を語る「繰り弁」という布教法も学びます。例年、京都山科の大本山本圀寺を中心として、15日間の研修を行っています。


posted by こぼん at 20:30| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりです(^^)
北山本門寺は、確か元々日蓮正宗(興門流)のお寺でしたね。
興門流は気難しいです。一度、日蓮正宗の人とお話しした事はあるのですが、とても狂信的な人で大喧嘩になった事がありました。
他の信仰を罵り、己の優位を主張する態度に我慢ならなかったからです。私は、お互いを認める存在には寛容に接しますが、他人を貶めて自分が優位に立とうとする人間にはもの凄く冷たいです。信仰以前に人間として最低だからです。仏法を奉ずるのであれば、他者を軽んじてはならないのです。どこの宗教だろうと、どこの宗派だろうと、他人の信仰を貶す権利は無いのです。他人の信仰を貶す事も、仏法に反する行為。十善戒では、『不悪口』、『不邪見』を犯す事に当たります。
宗教は謙虚が第一。聖書でも、『己を高くする者は低くされ、己を低くする者は高く為れるだろう』と説いています。結局は、『自分達だけが正しくて、他は邪』と主張する者は批判の対象になるのです。
私はそういう人間に『地獄に堕ちる』と脅されたら、こう言います『堕地獄と言ったあなたが地獄に堕ちるべきです。あなたに地獄だと決定する権利は無い。信仰云々垂れる前に人としての道理を学びなさい』と。
Posted by 茉莉花 at 2012年09月10日 18:44
おひさしぶりです。
北山本門寺は興門流の寺院になります。
なるほどなるほど。
そのようなことは度々耳にします。
信仰の難しいところだと思います。
なんでも認め、なんでもありの宗派になっも
というの部分もあります。
正直、私自身はその中で葛藤してますね。
Posted by こぼん at 2012年09月11日 22:48
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
Posted by 履歴書の封筒 at 2012年09月12日 12:36
ありがとうございます!
これからも更新していきますので
ご覧いただければ幸いに存じます。
Posted by こぼん at 2012年09月12日 20:54
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。